【読み物】誰も知らないプログラム(第五話)

オフィスにたたずむ若手エンジニア

IT業界を舞台にした読み物シリーズの第五話。
前回のお話はこちらからご覧ください。

前回、高橋は二十三年前の障害報告書を発見しました。
しかし、肝心なページだけが抜け落ちており、本当の原因は分かりませんでした。

残された手掛かりはわずかです。

倉庫担当者ヒアリング実施
帳票運用との不整合

そして、高橋は気付きを得ます。
この問題はシステムだけの話ではないのかもしれないと。

仕事の合間や通勤時間など、肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。


第五話 現場の記憶

翌週。

高橋は販売管理システムを利用しているお客様先へ向かっていた。
定例会議の日だった。

会議そのものは一時間ほどで終わった。

問い合わせ件数。
運用状況。
軽微な改修案件。

いつも通りの内容だ。
会議終了後、高橋は意を決して切り出した。
「少しお聞きしたいことがあるのですが」

お客様担当の井上が顔を上げる。
「どうされました?」

「今の販売管理システムって、二十年以上使われていますよね」

「ああ、そうですね」

井上は懐かしそうに笑った。
「私が入社した時には既にありました」

高橋はメモを取りながら続ける。
「二十三年前の障害についてご存知の方はいらっしゃいますか」

その瞬間だった。
井上の表情が変わった。
「二十三年前の話ですか……」

「やはり何かあったんですね」

井上は少し考え込む。
「私は当時まだ新人でしたから詳しくは知りません」

そう言うと、ふと思い出したように付け加えた。
「でも一人だけいます」

「え?」

「当時から今も現役の人が」

高橋は思わず身を乗り出した。
「本当ですか」

「ええ」

井上は笑った。
「たぶん本人は覚えてますよ」


十分後。
高橋は古い倉庫の一角にいた。

お客様の物流センター。

現在は大部分が自動化されている。
しかし奥には昔ながらの作業エリアも残っていた。

そこで一人の男性がパレットを移動していた。
六十代後半だろうか。
少し日に焼けた顔。
井上が声を掛ける。
「村田さん」

男性が笑顔で振り返る。
「おう、どうした」

「この人、システム会社の人」

「システム会社?」

村田は高橋を見た。
そして意外な言葉を口にした。
「もしかして佐伯さんの後輩か?」

高橋は固まった。
「佐伯さんをご存じなんですか」

「知ってるも何も」

村田は笑う。
「毎週来てたからな」

高橋は驚いた。
二十三年前のプロジェクトだ。
数か月程度の付き合いだと思っていた。
しかし村田は懐かしそうに続けた。
「倉庫に椅子持ち込んでな」

「え?」

「朝からずっと見てるんだよ」

高橋は思わず笑った。
想像していた佐伯像と少し違う。
「何を見てたんですか」

「全部や」

村田は即答した。
「入荷」
「出荷」
「棚卸し」
「返品」
「伝票」
「人の動き」

「システム作る前に、まず仕事を覚えようとしてたな」

高橋はノートに書かれていた内容を思い出す。
出荷担当。
物流担当。
営業事務。
人の名前ばかり書かれていた理由が少し分かった気がした。

「そういえば」
村田が突然言う。

「佐伯さん、やたら帳票を気にしてたな」
高橋の手が止まる。

帳票。
障害報告書にも出てきた言葉だ。
「どんな帳票ですか」

「出荷一覧」

「出荷一覧?」

「システムから出る帳票や」

「それがどうかしたんですか」

村田は少し首を傾げた。
「うーん……」

「今思うと不思議なんやけどな」

「みんな帳票なんか見てなかった」

高橋は耳を疑った。
「見てなかった?」

「見てなかった」

「でも出荷管理ですよね」

「せや」

「帳票が必要だったんじゃ」

村田は笑う。
「俺らは帳票で仕事してなかったからな」

「え?」

「棚と箱と人を見て仕事してた」

高橋は言葉を失った。

システム上では重要な出荷帳票。
しかし現場ではほとんど利用されていなかった。

村田は続ける。
「本社は帳票を使う」
「倉庫は現物を見る」
「それだけや」

どこかで聞いた話だった。

佐伯のノート。

現場は帳票を利用していない
本社だけが利用

まさに同じ内容だった。

その時だった。
村田がふと遠くを見る。
「あの障害の時も大変やった」

高橋の鼓動が速くなる。
「あの障害?」

村田はゆっくりうなずいた。
「出荷止まったからな」

高橋は身を乗り出した。
「何が起きたんですか」

村田はしばらく黙っていた。
「詳しいことは分からん」
「システムのことは専門外やしな」

そして静かに言った。
「でもな」

「システムが止まったんとちゃう」
「人が止まったんや」

高橋は息をのんだ。
「どういう意味ですか」

村田は首を振った。
「それは佐伯さんに聞いた方がええ」

「え?」

「最後まで調べてたんあの人やから」

そして村田は思い出したように付け加えた。
「そういや名刺もらったな」

高橋の心臓が大きく鳴る。
「残ってるんですか?」

「たぶんどこかに」

「探してみるわ」


その帰り道。
高橋は電車の窓を眺めていた。

流れる街の灯りを見ながら、
ふと昔の事を思い出す。

あの頃も、目に見える事実と
目に見えない現実を追いかけていた。

その時、ある人に言われた言葉を思い出していた。

「みんな分かった気になりたがる」
「でも分からないこともある」
「それも現実だから」

それから、村田の話を思い出す。
出荷一覧。
帳票運用。
現場は帳票を見ていない。
システムは止まったのではなく、人が止まった。

点だった情報が少しずつ線になり始めていた。
しかし、肝心な部分はまだ見えていない。

二十三年前。
本当は何が止まったのか。
そして佐伯は何に気付いたのか。
その答えは、まだ霧の中だった。


次回予告

村田の言葉。
「システムが止まったんとちゃう。人が止まったんや」

高橋はその真意を探るため、二十三年前の議事録を読み直す。
そこで発見したのは、一度も開かれなかったはずの緊急会議の記録だった。

そして、その出席者の中には佐伯の名前がなかった。

次回 第六話「開かれなかった会議」

※本作品はフィクションです。
登場する人物、企業、団体、システム、プロジェクト等は架空のものであり、
実在のものとは関係ありません。
ただし、システム開発やIT業界で働く人々に共通する想いや経験を題材として構成しています。

【読み物】誰も知らないプログラム(第一話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第二話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第三話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第四話)

あとがき

システム開発では、どうしても画面や機能、データ構造に目が向きがちです。
しかし実際の現場では、「人がどう動いているか」がシステム以上に重要な場合があります。

今回の村田の言葉、
「システムが止まったんとちゃう。人が止まったんや」
は、この物語全体の大きなテーマにもつながっています。

そして、人が物事を見る視点は、
昔出会った人や経験によって少しずつ形作られていきます。
高橋の見ている景色も、
きっとこれまで積み重ねてきた何かの上にあるのでしょう。

よろしければ、次回もお付き合いください。

関連記事