【読み物】誰も知らないプログラム(第六話)

オフィスにたたずむ若手エンジニア

IT業界を舞台にした読み物シリーズの第六話。
前回のお話はこちらからご覧ください。

前回、高橋はシステム導入当時から現場を知る村田と出会いました。
そこで耳にしたのは印象的な言葉でした。

「システムが止まったんとちゃう。人が止まったんや」

二十三年前の障害。
その裏には、プログラムだけでは説明できない何かがあったのかもしれません。
高橋はさらに当時の記録を追い始めます。

仕事の合間や通勤時間など、肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。


第六話 開かれなかった会議

村田との面談から数日後。
高橋は再び二十三年前の資料を読み返していた。

議事録。
問い合わせ票。
障害記録。

どれも断片的だった。
しかし、だからこそ小さな違和感が目につく。

その日も会議記録を順番に確認していた時だった。
あるファイル名で手が止まる。

緊急対策会議
2003年12月18日

障害発生日の翌日だ。
高橋はファイルを開く。

出席者一覧。
営業部。
業務部。
物流部。
情報システム部。
役員。

かなり大規模な会議だったらしい。
しかし妙なことに気付く。

佐伯の名前がない。
「おかしいな……」

高橋は眉をひそめた。
障害対応の中心にいた人物のはずだ。
それなのに会議の出席者一覧に存在しない。

さらに読み進める。
議事録の内容も奇妙だった。

障害原因について議論した形跡がほとんどない。
代わりに並んでいたのは、

顧客への説明
責任範囲の確認
報告経路の整理

といった内容だった。

システム障害の会議というより、
対応会議に近い。

肝心のシステムについては数行だけ。
高橋は違和感を覚えた。

普通なら、
どこで障害が発生したのか
なぜ発生したのか
どう復旧したのか

を議論するはずだ。
しかし、その記録はほとんど残っていない。

代わりにある一文が目に入った。

現場運用との認識相違が存在した可能性あり

高橋は読み返した。

認識相違。

障害でもない。
バグでもない。
システム不良でもない。

人の問題を表す言葉だった。


その日の夕方。
高橋は資料を片手に山口の席へ向かった。
「山口さん」

「どうした」

「この会議、何か知ってますか」

山口は資料を見る。
そして静かに言った。
「その議事録、まだ残ってたのか」

高橋は最近何度も聞いている気がした。

“まだ残ってたのか”

二十三年前の記録には、そう言いたくなる何かがあるらしい。

「佐伯さんの名前がないんです」

山口はうなずく。
「出ていないはずだ」

「どうしてですか」

しばらく沈黙が続く。
やがて山口は答えた。
「会議に出てる場合じゃなかったからだ」

「え?」

「佐伯さん、その時ずっとお客様の現場にいたらしい」

高橋は目を見開く。
障害発生の翌日。
会社では役員や管理職が集まって緊急会議をしている。

一方で佐伯は会議に出ず、
お客様の物流センターにいた。

「何してたんですか」

山口は苦笑した。
「それが分からないんだよ」

また、その言葉だった。
分からない。
知っている人がいない。
記録も残っていない。

二十三年前の出来事は霧の向こうだった。

高橋は考え込んだ。
障害発生の翌日。
会社では役員や管理職が集まり、
緊急会議を開いている。

それなのに佐伯は現場にいた。

もしプログラムの不具合なら。
ログを調べる。
サーバを確認する。
原因を追う。

そういう作業をしていても不思議ではない。

だが佐伯は会議室ではなく、
物流センターを選んだ。

なぜだろう。
高橋には、
佐伯が会議とは別の何かを追っていたようにも思えた。

しかし、
そう考えるにはまだ材料が足りなかった。

しかしその時、
高橋の視線が出席者一覧の片隅に止まった。

見覚えのない名前。

物流業務課
橋本課長

その名前には赤丸が付いていた。

高橋はページを裏返す。
別の会議記録。
そこにも橋本の名前。

さらに別の資料。
また橋本。

気付けば、
物流関係の資料には頻繁に名前が登場していた。

システム担当ではない。
管理職でもない。
それなのに、
なぜか何度も記録に現れる。

高橋は小さくメモを書く。
橋本課長を探す

会議ではなく現場にいた佐伯。
何かを知っていた橋本課長。
二十三年前の障害は、
まだ高橋が想像しているものとは違う姿をしているのかもしれない。


オフィスの窓の外では、夕焼けが街を赤く染めていた。
机の上には二十三年前の議事録。
そしてモニターには例のコメントが表示されている。

// 理由はいずれわかる

高橋は小さく笑った。
「今度は課長ですか」

謎は一向に減らない。
むしろ増えている気がした。


次回予告

議事録に残されていた一人の名前。
橋本課長。

高橋は当時の関係者を追い始める。
そこで明かされるのは、
二十三年前の障害発生前から現場で繰り返されていた”ある運用”の存在だった。

そして初めて、佐伯が危機を察知していた可能性が見えてくる。

次回 第七話「見えない業務」

※本作品はフィクションです。
登場する人物、企業、団体、システム、プロジェクト等は架空のものであり、
実在のものとは関係ありません。
ただし、システム開発やIT業界で働く人々に共通する想いや経験を題材として構成しています。

【読み物】誰も知らないプログラム(第一話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第二話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第三話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第四話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第五話)

あとがき

システム開発の現場では、「障害の原因」と聞くとプログラムや機器を思い浮かべがちです。
しかし実際には、関係者それぞれが違う認識で業務を行っていたことが原因となるケースも少なくありません。

今回のテーマである「認識相違」もその一つです。
システムは仕様通りに動いているのに、業務は止まってしまう。
そんな出来事は、現実の現場でも時折起こります。

よろしければ次回もお付き合いください。

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