【読み物】誰も知らないプログラム(第三話)

オフィスにたたずむ若手エンジニア

IT業界を舞台にした読み物シリーズの第三話。
前回のお話はこちらからご覧ください。

前回、高橋は二十三年前のシステムに残された謎のコメントと、
退職した技術者「佐伯」の存在を知ることになりました。

今回はいよいよ、地下倉庫に眠る過去の資料を探しに向かいます。

仕事の合間や通勤時間など、肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。


第三話 古い設計書

翌日の夕方。
高橋は山口から借りた鍵を手に、社内ビルの地下へ向かっていた。

地下書庫。

正式には文書保管室という名称らしい。
もっとも、社内でそう呼ぶ人はほとんどいない。

歴代の担当者が残していった段ボール箱や製本資料、
昔の契約書類などが押し込まれている場所だ。

重い扉を開けると、少し湿った空気が流れてきた。
蛍光灯の明かりが薄暗く、倉庫というより小さな資料館のように見える。

棚には年代ごとに段ボール箱が並んでいた。

2001年。
2002年。
2003年。

高橋は思わず苦笑した。
「本当にあったんだな……」

二十三年前というと、自分はまだ小学生だった。
その頃の資料が同じ会社の地下に残っている。
それだけで不思議な気分だった。

ひとつひとつ確認すると、中身は紙だけではなかった。
CD-R。
MOディスク。
DATテープ。
そして見たこともないメーカーのバックアップ媒体。

「懐かしいというか、もはや歴史資料だな……」

高橋は苦笑した。
現在の社内に、読み込める機器が存在しない媒体すらある。

それでも販売管理システムの名前が書かれた箱を見つける。

側面には手書きでこう書かれていた。

販売管理PJ
2003

高橋は慎重に箱を開けた。

その中には会議資料や議事録に混じって、一冊の大学ノートが残されていた。

表紙は日焼けし、少し変色している。
黒いマジックで書かれた文字。

販売管理
個人メモ
佐伯

高橋は思わず顔を上げた。
設計書は見つからなかった。
だが、二十三年前の担当者が残した個人ノートが見つかったのだ。

高橋は椅子に座り、ノートを開く。
そこには驚くほど細かい文字が並んでいた。

設計書ではない。
しかしシステムのメモでもない。
どちらかと言えば業務の観察記録だった。

一ページ目。

出荷担当者は毎週金曜日だけ
手順を変更している。
理由確認必要。

次のページ。

システム上は不要だが
担当者が確認印を押している。
慣習のため削除不可。

さらに次のページ。

現場は帳票を利用していない。
本社だけが利用。

高橋は眉をひそめる。

システムの仕様書ではない。
しかし間違いなく仕事の仕様書だった。
ページをめくるたびに、不思議な感覚になる。

そこに書かれていたのはプログラムの話ではなく、人の話だった。

「この人……何を調べてたんだ?」

販売管理システムの担当者なのに、
メモに登場するのは現場の担当者ばかりだった。

倉庫係。
出荷担当。
営業事務。
工場長。
物流責任者。

名前まで書かれている。
まるで記者の取材ノートだった。

その時、一枚の付箋が目に入った。
色あせた黄色い付箋。
そこには少し乱れた文字でこう書かれていた。

システムは正しい。
でも現場はもっと正しい。

高橋は手を止めた。

意味が分からない。
システムが正しい。
現場も正しい。

なら何が問題なのだろう。
さらにページをめくる。

すると最後の方に大きな赤字があった。

仕様通りに作るだけでは失敗する

高橋はその文字をしばらく見つめた。

技術者として聞き慣れない言葉だった。
仕様通りに作る。
それは当たり前のことだ。

むしろそうするために設計書があり、レビューがあり、テストがある。
それなのに。

二十三年動き続けるシステムを作った人が、
仕様通りでは失敗すると書いている。

その時だった。
ノートの最後のページから一枚の紙が滑り落ちた。

折りたたまれたコピー用紙。
広げると、小さな組織図のような図が描かれていた。

しかしそれはシステム構成図ではなかった。
人の名前が矢印でつながっている。

営業。
出荷。
物流。
経理。
工場。

そして中央に赤いペンで丸が付いていた。
その丸の横には一言だけ書かれていた。

ここが止まると全て止まる

高橋は息をのんだ。

「これ……システムの設計図じゃない」

仕事の設計図だった。

その瞬間。
佐伯という人物が少しだけ見えた気がした。
彼はプログラムを作る前に、人の仕事を見ていたのだ。

だが、そして同時に高橋は気付く。
ノートには肝心なことが何も書かれていなかった。

二十三年前。
何が起きたのか。
なぜ例のコメントが残されたのか。

なぜ、

// 理由はいずれわかる

と書かれたのか。

その答えだけが、どこにもない。
高橋はノートを閉じた。

すると裏表紙の内側に、鉛筆で書かれた小さな文字を見つけた。

障害報告書を探せ

思わず立ち上がる。

二十三年前の障害。
山口が言っていた「大きな問題」。
その記録が残っているのかもしれない。

高橋はノートを握りしめた。

宝探しは、ますます面白くなってきた。


次回予告

佐伯のノートに残されていた一行。
「障害報告書を探せ」

高橋は二十三年前の障害記録を追い始める。
しかし、保管されていたはずの報告書には肝心なページだけが存在しなかった。

消えたページ。
空白の記録。
そして少しずつ明らかになる過去のトラブル。

次回 第四話「消えた報告書」

※本作品はフィクションです。
登場する人物、企業、団体、システム、プロジェクト等は架空のものであり、
実在のものとは関係ありません。
ただし、システム開発やIT業界で働く人々に共通する想いや経験を題材として構成しています。

【読み物】誰も知らないプログラム(第一話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第二話)

あとがき

エンジニアの仕事というと、プログラムやシステムばかりに目が向きがちです。
しかし実際には、システムを利用する人の仕事や現場を理解することも同じくらい大切です。

今回登場した佐伯のノートは、その象徴として描いています。

この物語は、過去に掲載した「エクステックが育てたいエンジニア」シリーズから着想を得ています。
よろしければ、そちらもあわせてご覧ください。

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