IT業界を舞台にした読み物シリーズの第二話。
前回のお話はこちらからご覧ください。
エクステックのブログでは、これまで会社での日常風景や コミュニケーション、会社で大切にしている想い、組織づくりなど、 さまざまなテーマをお届けしてきました。 今回は少し趣向を変え、新しい企画として IT業界を舞台にした読み物をお届けしたいと思います。 (しかも、ブログ&広報担当から「全...
若干見切り発車的に始まった企画ですが、全十二話の長期企画となる予定です。
さて、無事に解決編までたどり着けるか、筆者的にもまだ不安はありますが
仕事の合間や通勤時間など、肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。
第二話 最後の担当者
翌朝、高橋はいつもより少し早く出社した。
昨夜見つけたコメントが頭から離れなかったからだ。
// この先を変更するな
// 理由はいずれわかる
// 2003.12.17
ただの冗談かもしれない。
昔の担当者の気まぐれな書き込みかもしれない。
それでも気になった。
二十三年も動き続けているシステムの中で、
なぜその部分だけが十年以上変更されていないのか。
なぜ上司の山口はあのコメントを見て、
「まだ残ってたのか……」
と言ったのか。
高橋は社内の共有フォルダを開いた。
まずは佐伯という人物について調べてみることにした。
社員名簿。
組織図。
人事データ。
しかし現役社員の一覧にその名前はない。
当然と言えば当然だった。
十五年以上前に退職したと聞いている。
試しに古いプロジェクトフォルダを検索する。
「佐伯」
検索結果は予想以上に少なかった。
議事録が二件。
設計レビュー資料が一件。
メールの保管データが数件。
それだけだった。
「二十三年も動いてるシステムを作った人なのに……」
高橋は首をかしげる。
もっと大量の資料が残っていても不思議ではない。
むしろ少なすぎた。
まるで最初から存在しなかったかのようだった。
昼休み。
高橋は古株の社員である杉本に声を掛けた。
入社二十五年。
エクステックの歴史をほぼ知っている人物だ。
「杉本さん、佐伯さんって知ってますか?」
杉本の箸が止まった。
「懐かしい名前やな」
「やっぱりいたんですね」
「そりゃいたよ」
「どんな人だったんですか?」
杉本はしばらく考え込んだ。
そしてぽつりと答える。
「変わった人やったな」
高橋は少し身を乗り出した。
「変わった?」
「無口やった」
「はい」
「飲み会にもあまり来ない」
「はい」
「でもお客様のところには誰よりも行ってた」
高橋は少し意外だった。
腕の良い技術者というと、どちらかと言えば
パソコンの前に座っている印象がある。
「営業みたいな人だったんですか?」
「いや、全然違う」
杉本は笑う。
「話すのも得意ちゃうかった」
ますます分からない。
「じゃあ、何がすごかったんですか?」
杉本は一瞬だけ真顔になった。
「お客様の仕事を覚えるのが異常にうまかった」
高橋は黙る。
杉本は続けた。
「販売管理の案件やったら、その会社の物流まで覚える」
「生産管理なら工場に入り浸る」
「現場の人と同じ言葉で話す」
そんなエンジニアが本当にいるのだろうか。
「それで完成したシステムは使いやすかったんですか?」
杉本は少し考えた。
「いや」
「え?」
「使いにくいこともあった」
ますます意味が分からない。
「ただな」
杉本はお茶を飲みながら続けた。
「お客様からは異常に信頼されてた」
その言葉だけが妙に印象に残った。
午後。
高橋はさらに資料を探し続けた。
やがて古い議事録の中に、それを見つけた。
日付は2003年11月。
例のコメントが書かれた一か月前だ。
議事録の最後にメモが残っていた。
佐伯担当
現場確認後に判断
それだけだった。
現場確認後に判断。
技術的な内容は何も書かれていない。
しかしその文章には妙な重みがあった。
さらに別の議事録。
やはり佐伯の名前が出てくる。
例外処理については
現場運用を優先する
高橋は画面を見つめた。
現場。
運用。
また現場。
不思議なことに、資料にはシステムの話よりも現場の話が多かった。
夕方になり、山口が席へ戻ってきた。
高橋は待っていたように声を掛ける。
「山口さん」
「どうした」
「佐伯さん、どんな人だったんですか」
山口は苦笑いした。
「みんなに聞いて回ってるらしいな」
「そんなに有名な人なんですか?」
「有名かどうかは分からない」
山口は少し考える。
そして静かに言った。
「でもあのシステムの最後の担当者だった」
「最後の担当者?」
山口はうなずいた。
「二十三年前、大きな問題が起きたらしい」
高橋の背筋が伸びる。
「どんな問題ですか?」
山口は首を横に振った。
「知らない」
「知らないんですか?」
「知ってる人がいないんだよ」
高橋は言葉を失った。
「ただ、その問題を解決したのが佐伯さんだった」
そう言って山口は席を立つ。
「当時の設計書がどこかに残ってるかもしれない」
「どこに?」
山口は振り向かずに答えた。
「倉庫」
「倉庫?」
「地下の書類保管庫」
そして最後にこう付け加えた。
「もしまだ捨てられてなければな」
高橋は思わず苦笑した。
二十年以上前の資料。
地下倉庫。
退職した技術者。
誰も知らないトラブル。
いつの間にか保守案件ではなく、宝探しになっている気がした。
しかし確実に分かったことがひとつある。
佐伯は単なる開発者ではなかった。
そして二十年前、このシステムには何かがあった。
高橋は帰り際、もう一度あのコメントを開く。
// 理由はいずれわかる
「だったら教えてくださいよ」
誰もいないオフィスでそう呟いた。
画面の中の文字は、何も答えてはくれなかった。
次回予告
地下倉庫から見つかった古い段ボール箱。
その中には二十年以上前のプロジェクト資料が眠っていた。
しかし、肝心の設計書はどこにも見当たらない。
そして高橋はある一冊のノートを発見する。
そこには佐伯の手書きと思われる文字が残されていた。
次回 第三話「古いノート」
※本作品はフィクションです。
登場する人物、企業、団体、システム、プロジェクト等は架空のものであり、
実在のものとは関係ありません。
ただし、システム開発やIT業界で働く人々に共通する想いや経験を題材として構成しています。
あとがき
この物語は、過去に掲載した「エクステックが育てたいエンジニア」シリーズから着想を得ています。
技術そのものだけではなく、
「お客様の仕事を理解すること」 「現場を知ること」 「信頼を積み重ねること」
そんなテーマも、この物語の中で少しずつ描いていければと思っています。
よろしければ、「エクステックが育てたいエンジニア」シリーズもあわせてご覧ください。
投稿日:2007年9月3日 更新日:2026年7月24日 ※本記事は2007年に当社代表 福嶋が執筆した記事です。 公開から年月が経ちましたが、当社が大切にしている価値観として、 原文をできるだけそのまま掲載しています。 “涙を流せる仕事”を経験したことはありますか? (2...
投稿日:2007年9月25日 更新日:2026年7月24日 ※本記事は2007年に当社代表 福嶋が執筆した記事です。 公開から年月が経ちましたが、当社が大切にしている価値観として、 原文をできるだけそのまま掲載しています。 “エクステック”の由来 … 自分の会社を好きになって下...
投稿日:2007年10月15日 更新日:2026年7月24日 ※本記事は2007年に当社代表 福嶋が執筆した記事です。 公開から年月が経過していますが、当社が大切にしているエンジニア像を伝えるため、 原文をできるだけそのまま掲載しています。 お客様のビジネスに進化をもたら...