IT業界を舞台にした読み物シリーズの第十話。
前回のお話はこちらからご覧ください。
IT業界を舞台にした読み物シリーズの第九話。 前回のお話はこちらからご覧ください。 前回、高橋は現場で長年使われてきた「確認用紙」の存在を知りました。 それは設計書には存在しない業務でした。 そして、現在もシステムの中に残る処理の一部が、その運用を支えている可能性が見えてきました。 ...
前回、高橋は佐伯のメモから衝撃的な言葉を発見しました。
このまま稼働すると必ず止まる
日付は障害発生の五日前。
さらにその裏には、
説明する時間がない
という一文も残されていました。
佐伯は何に気付き、何を急いでいたのでしょうか。
いよいよ障害発生直前の出来事に迫ります。
仕事の合間や通勤時間など、肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。
第十話 十二月十六日
高橋は二十三年前の資料を机いっぱいに広げていた。
障害発生日は十二月十七日。
佐伯が危険を察知したのは十二月十二日。
そして今、高橋が調べているのは
障害発生前日の十二月十六日だった。
年末出荷計画の資料を読み返す。
そこで高橋は違和感に気付く。
出荷予定数。
前年実績。
倉庫処理能力。
数字を並べてみる。
そして固まった。
「多すぎる……」
前年の同じ時期と比較しても異常だった。
出荷件数は約二倍。
物流センターの処理能力を大きく超えていた。
なぜこんな計画になったのか。
資料を追っていくと理由はすぐに見つかった。
大型取引先の受注。
特需対応。
年末商戦。
営業部門にとっては絶好の結果だった。
しかし物流現場は違う。
能力を超えた出荷量。
そのままでは回らない。
さらに調べる。
十二月十六日のメールアーカイブ。
佐伯の名前で検索をかける。
すると最後に送信されたと思われるメールが見つかった。
件名 出荷確認運用について
高橋は息を飲んだ。
メールを開く。
本文は簡潔だった。
現行運用のまま大量出荷を実施した場合、
受注情報と現場確認情報に差異が発生する可能性があります。
至急確認をお願いいたします。
佐伯
それだけだった。
高橋は何度も読み返した。
技術用語はない。
エラーもない。
障害予告にも見えない。
だが、
佐伯の残したメモと並べて読むと、
まるで別の文章に見えた。
さらに下を見る。
宛先には、
物流部、業務部、開発チームの名前が並んでいた。
返信履歴を確認する。
最初の返信。
対応は年明けで問題ありません。
次。
現場で調整予定です。
そして最後。
今回は現運用で進めます。
高橋は椅子にもたれた。
誰も無視したわけではない。
誰も間違った判断をしたわけでもない。
それぞれが、
その時点では合理的な判断をしている。
しかし結果として、
誰も佐伯の懸念を正面から扱わなかった。
その日の夕方。
高橋は山口を訪ねた。
「山口さん」
「どうした」
高橋はメールを差し出した。
山口は静かに読み始める。
そして読み終えたあと、
ひとつため息をついた。
「間に合わなかったんだな」
「やっぱり危険だったんですか」
山口は首を振る。
「危険だったかは分からない」
「でも佐伯さんは気付いてた」
高橋は少し考える。
「システムの問題じゃなかったんですね」
山口は苦笑した。
「分からんよ、そんなの」
「え?」
「俺らが今こうやって調べてること佐伯さんは二十三年前にやってたんだろ」
「ただ」
「システムだけ見てた人じゃなかったとは思う」
高橋は何も言えなかった。
確かにそうだった。
これまで見つかった資料は、
すべて現場に向いていた。
出荷担当。
物流担当。
確認用紙。
帳票運用。
プログラムの話ではない。
人の仕事の話だ。
その夜。
高橋は例のコードを開いていた。
二十三年間ほとんど変更されていない処理。
性能だけ見れば改善できる。
設計だけ見れば書き直せる。
しかし。
今は違う見え方をしていた。
そのコードは、
誰かの工夫を支えていた。
誰かの確認作業を支えていた。
高橋はふと考えた。
あの日。
佐伯は障害を防ごうとしていた。
だが、防げなかった。
そのあと。
なぜ、あの処理を残したのだろう。
なぜ、
あのコメントを書いたのだろう。
高橋にはまだ分からない。
だが。
そこに何か理由があったことだけは、
確かな気がした。
しかし。
まだ最大の謎が残っている。
十二月十七日、
実際に何が起きたのか。
そして、
なぜコメントが残されたのか。
本当の答えはまだ見つかっていなかった。
高橋はモニターの中の言葉を見つめる。
// 理由はいずれわかる
「もう少しですよ」
そう呟くと、
静かなオフィスにキーボードの音だけが響いた。
次回予告
ついに障害発生日である十二月十七日へ。
残された運用記録と現場証言から、高橋は当日の出来事を再構築していく。
そこで判明したのは、
「システムは正常だった」
という意外な事実だった。
では、なぜ出荷は止まったのか。
そして佐伯は何を守ったのか。
次回 第十一話「止まったのは誰か」
※本作品はフィクションです。
登場する人物、企業、団体、システム、プロジェクト等は架空のものであり、
実在のものとは関係ありません。
ただし、システム開発やIT業界で働く人々に共通する想いや経験を題材として構成しています。
【読み物】誰も知らないプログラム(第一話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第二話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第三話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第四話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第五話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第六話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第七話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第八話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第九話)
あとがき
システム開発では、「正しい設計」「正しい運用」が重視されます。
しかし現場では、複数の部署が関わり、それぞれが正しい判断をした結果として問題が起きることもあります。
今回登場したメールも、誰かが悪いわけではありません。
それでも危険は存在する。
そんな状況は、実際のプロジェクトでも決して珍しいものではありません。
次回はいよいよ、二十三年前の障害当日に迫ります。