【読み物】誰も知らないプログラム(第九話)

オフィスにたたずむ若手エンジニア

IT業界を舞台にした読み物シリーズの第九話。
前回のお話はこちらからご覧ください。

前回、高橋は現場で長年使われてきた「確認用紙」の存在を知りました。
それは設計書には存在しない業務でした。
そして、現在もシステムの中に残る処理の一部が、その運用を支えている可能性が見えてきました。

少しずつ二十三年前の出来事の輪郭が見え始めています。

仕事の合間や通勤時間など、肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。


第九話 止まるとわかっていた日

高橋は佐伯のノートをもう一度最初から読み返していた。
何度も読んだはずだった。
しかし今は見え方が違う。

出荷担当。
物流担当。
営業事務。
工場長。

そこに記されているのはシステムではなく、人だった。

ページをめくっていると、一枚のメモ用紙がはらりと落ちた。
以前は気付かなかったものだ。

ノートとほぼ同じ色に変色していたため、挟まっていることに気付かなかったのだろう。

高橋は慎重に広げる。
そこには走り書きのような文字が残されていた。

このまま稼働すると必ず止まる

その下には日付。

2003.12.12

障害発生の五日前だった。
「止まると分かっていた……?」

高橋は思わず呟いた。

もしこのメモが本物なら、
佐伯は障害を事前に予測していたことになる。
それなのに障害は発生した。

なぜ防げなかったのだろう。


次の日。
高橋は山口の席へ向かった。

「山口さん、このメモ見てもらえますか」

山口はしばらく眺めていた。
「佐伯さんの字だな」

「分かるんですか?」

「昔の議事録で見たことがある」

高橋は少し緊張した。
「障害を予測してたように見えるんですが」

山口は首を傾げる。
「予測というより、気付いていたんじゃないか」

「何にですか」

山口は苦笑した。
「それが分かったら話が終わるだろ」

たしかにその通りだった。


その日の午後。
高橋は古い議事録を読み返していた。

十二月に入ってからの資料を時系列に並べる。
すると、ある会議で不自然な記録を見つけた。

物流部から運用変更の申し出あり

その一行だけだった。
詳細は書かれていない。

その次の議事録には、

システム対応は見送り

と記載されていた。

高橋は眉をひそめる。

運用変更。

確認用紙のことだろうか。
村田から聞いた話が頭をよぎる。

佐伯は確認用紙を帳票として扱えないか、
本社と話していたという。

だが確証はない。

なぜ見送られたのか。
なぜ正式な手順にならなかったのか。
その記録だけが抜け落ちていた。

さらに調べていくと、別のメモが見つかる。

年末出荷対応のため現場運用を継続

その瞬間だった。

高橋の中で何かがつながる。

年末。
物流センター。
出荷作業。
確認用紙。
システムにない業務。

もし佐伯が危険だと感じていたのなら、
問題は単純なプログラムの不具合ではなかったのかもしれない。

だが、
それが何なのかはまだ見えてこなかった。

高橋は佐伯のノートを開く。
そこには見慣れたメモがあった。

確認用紙は正式運用ではない
しかし現場はこれで回っている

そしてその下に小さな文字。
今まで読めなかったほど薄い鉛筆書きだった。

高橋は画面を拡大して取り込んだ画像を見ながら読み取る。

誰も悪くない
だから危ない

思わず背筋が寒くなった。

誰も悪くない。

システム開発では珍しい言葉だった。

障害が起きれば原因を探す。
責任を特定する。
対策を考える。

しかし佐伯は、
誰も悪くないと言っている。


その夜。
高橋は自宅でノートを見返していた。

橋本の言葉がよみがえる。

本社も現場も、それぞれ正しかった

村田の言葉も思い出す。

システムが止まったんとちゃう
人が止まったんや

そして佐伯の言葉。

誰も悪くない
だから危ない

高橋はようやく気付き始めていた。

二十三年前の障害は、
誰かのミスではなかったのかもしれない。

本社も正しい。
現場も正しい。
システムも正しい。

だからこそ、
誰も問題に気付けなかった。

その結果、
ある日突然限界が訪れた。

もしそうだとしたら。
佐伯だけが、
その危険性を問題として捉えていたことになる。

しかし。
なぜそれを止められなかったのか。

高橋は再びメモを見つめた。

このまま稼働すると必ず止まる

そしてその裏面に、
もう一行だけ文字が残されていることに気付く。

説明する時間がない

高橋は息をのんだ。

障害発生五日前。

佐伯は何かを知っていた。
そして、
何かを急いでいた。


次回予告

障害発生の五日前。
佐伯はなぜ「必ず止まる」と書き残したのか。

高橋は当時の年末出荷計画を調べ始める。
そこで見つかったのは、例年の二倍を超える出荷予定だった。

そして、障害発生前日に佐伯が残した最後のメールが見つかる。

次回 第十話「十二月十六日」

※本作品はフィクションです。
登場する人物、企業、団体、システム、プロジェクト等は架空のものであり、
実在のものとは関係ありません。
ただし、システム開発やIT業界で働く人々に共通する想いや経験を題材として構成しています。

【読み物】誰も知らないプログラム(第一話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第二話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第三話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第四話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第五話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第六話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第七話)
【読み物】誰も知らないプログラム(第八話)

あとがき

システム障害というと、原因となったミスや不具合を探しがちです。
しかし実際には、「それぞれが正しい判断を積み重ねた結果、問題が起きる」というケースもあります。

本社も正しい。
現場も正しい。
システムも正しい。

それでもうまくいかない。

そんな状況は、システム開発に限らず様々な仕事の現場で起こり得ます。
今回の物語も、少しずつ「技術の問題」から「仕事の仕組みの問題」へと近づいてきました。

よろしければ次回もお付き合いください。

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