エクステックのブログでは、これまで会社での日常風景や
コミュニケーション、会社で大切にしている想い、組織づくりなど、
さまざまなテーマをお届けしてきました。
今回は少し趣向を変え、新しい企画として
IT業界を舞台にした読み物をお届けしたいと思います。
(しかも、ブログ&広報担当から「全12回連載」という重責をいただいてしまいました……。)
20年以上稼働するシステムの保守担当として引き継ぎを行い、
ソースコードの中に残された不思議なコメントを見つけるところから物語は始まります。
そのコメントはなぜ残されたのか。
誰が書いたのか。
そして、長年動き続けてきたシステムにはどのような想いが込められていたのか。
高橋は少しずつ過去をたどりながら、その謎に向き合っていくことになります。
フィクションではありますが、
システム開発に携わる方なら、どこかで見たことのある風景や、
少し共感していただける場面があるかもしれません。
仕事の合間や通勤時間など、肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。
第一話 引き継がれたもの
九月に入っても暑さはなかなか引かない。
高橋健太は空調の効いたオフィスで一枚の資料を見つめていた。
表紙にはこう書かれている。
「販売管理システム 保守担当引継資料」
ページ数はわずか五枚。
二十年以上稼働しているシステムの引継資料としては、あまりにも薄い。
高橋は思わず声を漏らした。
「これだけですか……」
向かいに座る上司の山口が苦笑いを浮かべる。
「そう言うと思った」
「いや、だって二十年ですよ?」
「正確には二十三年」
「なおさらですよ」
高橋は資料をめくる。
サーバ構成。
問い合わせ先。
運用手順。
それだけだった。
肝心のシステム仕様も設計思想もない。
「設計書は?」
「古いのは残ってるらしい」
「らしい?」
「どこにあるか分からない」
高橋は額に手を当てた。
入社五年目。
保守案件もいくつか経験してきた。
しかしここまでの案件は初めてだった。
このシステムはある製造業のお客様が利用している。
受発注、在庫管理、出荷管理。
会社の基幹業務のほぼすべてを支えている。
停止は許されない。
しかし驚くことに、誰も全体を理解している人がいなかった。
担当者は何人も入れ替わった。
開発に携わったメンバーも退職している。
それでもシステムは動き続けている。
二十三年間。
大きな障害もなく。
「最初に作った人は?」
高橋が尋ねる。
山口は少し考えてから答えた。
「佐伯さんだったと思う」
「思う?」
「俺も直接は知らないんだよ」
「知らないんですか」
「もう十五年以上前だぞ」
高橋は椅子にもたれた。
二十年以上動き続けたシステム。
誰も仕様を説明できない。
担当者は退職済み。
まるで都市伝説だ。
引継ぎから数日後。
高橋はシステムの解析を始めていた。
古い開発環境を立ち上げる。
決して汚いコードではない。
むしろ丁寧だ。
変数名も分かりやすい。
コメントも適切に書かれている。
しかし古い。
とにかく古い。
時代を感じさせる記述が至る所に残っていた。
「よく動いてるな……」
思わず呟く。
その時だった。
あるファイルを開いた瞬間、高橋の手が止まった。
画面の中に不自然なコメントがあった。
// この先を変更するな
// 理由はいずれわかる
// 2003.12.17
高橋は瞬きをした。
もう一度読む。
やはり同じだった。
設計意図の説明ではない。
処理内容の説明でもない。
誰かから誰かへのメッセージだった。
「理屈じゃなく変更するなってことか?」
高橋は首を傾げた。
二十年以上前のコメント。
こんな書き方をする人は珍しい。
しかも処理そのものは特別には見えなかった。
売上計算に関するごく普通のロジック。
少なくとも今のところは。
念のため履歴を確認する。
そのファイルは十年以上ほとんど変更されていない。
誰も触っていないのだ。
まるで避けられているかのように。
その日の夕方。
高橋は山口の席へ向かった。
「ちょっといいですか」
「どうした」
「佐伯さんって、どんな人だったんですか」
山口の表情が少し変わった。
「なんで急に」
「コードの中に名前はありませんでしたけど、気になるコメントがあって」
「コメント?」
高橋は画面を見せた。
山口は黙ったまま数秒その文字列を見つめる。
やがて静かに言った。
「まだ残ってたのか……」
「知ってるんですか?」
「いや、詳しくは知らない」
「でも何かあるんですよね」
山口はしばらく黙っていた。
そしてぽつりと答えた。
「その話、たぶん誰も最後まで知らない」
高橋はその言葉の意味を理解できなかった。
しかしその瞬間、不思議と確信した。
これはただの古いプログラムではない。
二十年以上前の誰かが残した何かだ。
モニターの中ではあのコメントが静かに表示されたままだった。
// 理由はいずれわかる
その理由を知りたい。
そう思った時にはもう、高橋はそのプログラムの謎を追い始めていた。
次回予告
「佐伯」
誰も知らないはずの名前を口にした上司。
二十年以上前のシステムに残されたメッセージと退職した一人の技術者。
高橋はその足跡を追い始める。
次回 第二話「最後の担当者」
※本作品はフィクションです。
登場する人物、企業、団体、システム、プロジェクト等は架空のものであり、
実在のものとは関係ありません。
ただし、システム開発やIT業界で働く人々に共通する想いや経験を題材として構成しています。
あとがき
今回から新しい試みとして、IT業界を舞台にした読み物をお届けします。
この物語はフィクションですが、
エンジニアという仕事に向き合う中で感じる悩みや喜び、
そして仕事への想いをテーマにしています。
着想のもとになっているのは、当ブログで過去に掲載した
「エクステックが育てたいエンジニア」 シリーズです。
よろしければこちらもあわせてご覧ください。
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